HOME > マネーを学ぶ6つの方法 > メールマガジンで学ぶ > 第 7 回 Merrill Lynchのアクションに対する一考察

マネーを学ぶ6つの方法 メールマガジンで学ぶ

第 7 回 Merrill Lynchのアクションに対する一考察

 

メールマガジンで途中まで読まれた方はこちら

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
< 5 > 「しろやぎ通信 from NY」
第 7 回 Merrill Lynchのアクションに対する一考察
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◇

7月28日(月)の引け後、Merrill Lynchは、額面306億ドル(帳簿上は引当の結果111億ドル)のsuper senior ABS CDOを、ディストレス投資で有名なLone Starに67億ドルで売却し、これにより発生する44億ドルの損失の償却と、実質的に金融保証の役に立たなくなってしまったモノラインとの間のヘッジ契約を解消することで発生する損失13億ドルの、合計57億ドルを償却することを発表しました。
なお、Lone Star向け売却についてはその75%についてバック・ファイナンスを付けることも明らかにしました

また、同社はこれと同時に、85億ドルの公募増資を発表しました。これにはTemasek向けの34億ドルが含まれますが、そのうちの25億ドルは昨年12月の増資時から株価が下落したために先方にMerrillが損失補てんする金額を充当するので、Temasekの追加持ち出しは9億ドルです。

さて、翌29日に行われた公募増資は首尾よく推移し、22.5ドルの発行価格のところ、同日の終値は26.25ドルで引けました。また、同社のCredit Default Swapのプレミアムも、前日の352bpsから279bpsまで73bpsと大きくタイト化(=信用力の上昇)しました。

そもそも公募増資ができたこと自体がプラスです。Lone Starというディストレス投資のプロが纏まった金額でABS CDOの買いに入って来たことで、価格のベンチマークができたことの意義は大きく、また、今回Lone Starに売却したのは2006~2007年ビンテージのABS CDOという最も痛みの激しい部分で、Merrillのバランスシートに残っているCDOは2005年以前のビンテージのものであるという発表がされた結果、

どういう印象を市場が持ったかというと、Merrillの損失拡大には区切りが付いたという印象を持ったのだと思います。同日の金融株は、大きく上昇しました。翌日もしっかり推移しています。

このように株式市場は一旦大きく好感していますが、損失処理に区切りが付いたかどうかについては、依然として留意が必要だと思っています。というのも、Merrillのsuper senior ABS CDOの売却についていえば、この局面の価格の変動性(ボラティリティ)を考えると、売却プールにバック・ファイナンスを付けたことで実質的には完全にリスクが外れていないと思われるためです。また、基本的には、住宅価格が下落基調を辿っており、ここからの下げ1単位は過去の下げ1単位よりも影響が大きいと考えられるからです。

まず、やや技術的な内容になりますが、high gradeを中心としたsuper seniorABS CDOの売却の件からお話します。ここで留意すべきなのは、ABS CDOの価格は、極端に大きく振れるということです。これは証券化のレバレッジとトランチングの効果そのものです。単純化した例で説明します。

High grade ABS CDOの"high grade"というのは、発行当時の格付けが高めのABSを集めてCDOを作るためにそう呼ばれます。典型的な裏付け資産は、発行時の平均格付けがAA程度のサブプライムABS債券の集合体です。なお、これに対する概念はメザニンABS CDOです。これは発行当時格付けがBBBやBBB-といったトランシェのサブプライムABSをプールにしたCDOです。

さて、high grade ABS CDOの裏付け資産となるサブプライムABSの発行時格付けがAAのトランェの債券は、サブプライムローンのプール全体を100階建てのビルに見立てると、その20階から23階までの4フロアを占めるイメージになります。つまり、その下に劣後する20%のクッションがあり、そこから24%までの間の4%くらいのトランシェです。つまり、プール全体の損失が20%に止まるなら全額償還されるが、24%になると全損になるという非常に微妙なものです。

このような発行時格付けAAのサブプライムABSの集合体を参照債券にして作られたhigh grade ABS CDOのsuper seniorトランシェ(一番上の85%を占めると想定)の最終的な価値を考えてみましょう。AAトランシェのサブプライムABSは下に20%のクッションがあるということを思い出して下さい。参照証券のサブプライムABSの元となるプールが被る最終的な損失が20%に止まるならば、参照債券の損失はゼロなのでsuper senior ABS CDOの最終的な価値は100(全額償還)になります。プルの損失が21%なら参照債券は25%毀損されるのでsuper seniorABS CDOの最終的な価値は88(=75/85)、プールの損失が22%なら59(=50/85)、同23%なら29(=25/85)、同24%以上ならゼロ(全損)ということになります。

上記の例を用いて、デフォルト率と担保の住宅処分での回収率に分解してもう一度説明すると、ABSの元となっているサブプライムローンのプールのデフォルト率が40%、担保の住宅処分による回収率を50%とすると、損失率は20%(40%x50%)なので、この場合はABS CDOのsuper seniorの最終価値は100(全額償還)ですが、仮にデフォルト率が44%に上昇し、回収率が45%に低下すると、プールの損失率は24.2%(44% x 55%)となり、この場合のsuper senior ABSCDOの最終価値はゼロ(全損)になってしまいます。

要するに、足許のように大きく住宅価格が下落した状況下においては、限界的な住宅価格の変動に対するABS CDOの最終価値の感応度(デルタ)が極端に大きく、high grade ABS CDOのシニアトランシェの価格の変動性は非常に高くなっていると思われます。以上は非常に単純化した例ですが、足許のhigh gradesuper senior ABS CDOはこうした価格特性を持っていると認識することが重要です。

MerrillはLone Starに額面の22%の価格でsuper senior ABS CDOのプールを売却しましたが、売却代金の75%についてバック・ファイナンスを付けていて、返済原資は売却プールからだけであると発表しています。そしてプールの価格ボラティリティが非常に高いということになると、実質的にMerrillのバランスシートからこのsuper senior ABS CDOのリスクが外れたと判断するのは適当ではなく、むしろ、Lone Starからこのプールに対する16.75億ドルのクッションを得た代わりにアップサイド(将来もしこのプールが値上がりした場合に利益が得られる可能性)を放棄したと見ておくのが良いと思います。Lone Starとしては、リスク金額を16.75億ドルに限定したうえで、4倍のレバレッジをかけて期待リターンを上げ、25%のターゲット・リターン目標に乗せることができるディール(案件)になったのだろうと思います。

ここで、住宅価格の動向を確認しましょう。7月29日に発表された、S&P/CaseSchellerの全米主要20都市の5月の住宅価格は、前年比15.8%下落し、2004年8月の水準まで下がっています。要するに、2004年8月以降足元まで住宅を購入した人は、(平均的には)含み損を抱えているという状況です。

20080801fromny.jpgまた、左のグラフを縦軸の価格で輪切りをして、その価格より上の面積をイメージして見ていただくと判りますが、ピークからの住宅価格1万ドルの下落よりも、これからの1万ドルの下落の方が影響(=金融機関に損失を与える力)が大きいのです。足許を微細にみると月次の下落幅が縮小してきているのは良いニュースですが、トレンドは依然下向きで、注意が必要です。

金融セクターの資本不足が解消されない限り、サブプライム問題に端を発した今回の状況は解決しません。その意味で、7月17日には「現在は、資本については非常に心地良い状況にある(Right now we believe that we are in a very comfortable spot in termsof our capital.")」と発言するなど、つい先日まで追加増資の必要性を否定していたMerrill LynchのJohn Thain CEOが、舌の根も乾かぬうちに公募増資に踏み切り、これを成功させたのは、彼の発言に対する信頼性が大きく損なわれたことは別にして、非常に良かったと思います。

しかし、ABS CDOポートフォリオの売却の仕方はリスクを完全に切り離す形になっていない中途半端なもので将来に禍根を残したと思われ、それより大きいのはバランスシート上に依然として住宅価格下落に対する感応度の高い資産が多く残っているということです。

金融機関の対応としては正しい方向に向かっているのですが、イタチゴッコはまだ続く可能性があると思っています。


 





ページトップへ

株式会社マネックス・ユニバーシティ

東京都千代田区丸の内1-11-1 パシフィックセンチュリープレイス丸の内19階