HOME > マネーを学ぶ6つの方法 > メールマガジンで学ぶ > 第 2 回 ドバイの歴史とドバイの町並み
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< 1 > 「石田 和靖のドバイ・中東湾岸旅行記」 第 2 回
『砂漠の奇跡。今、熱いドバイへ迫る!』
前回は、ドバイってどこにあるの?
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今回のテーマであります「ドバイの旧市街」について話す前に、ちょっとドバイの歴史をご紹介します。
ドバイは、もともと、漁業や真珠の輸出を産業の主とする小さな漁村でした。
そこに、マクトゥーム家が、1830年代にアブダビから移住。
これに伴ってドバイ首長国が建国され、ドバイの歴史が始まりの時を迎えました。
1853年に、英国によって保護領とされたドバイは、東インド会社の貴重な中継地としてきました。
ほんの200年前までは、砂漠の中にある名の知れない小さな村でしかなかったのですが、今、世界でもトップクラスの国際都市になったというのはまさに奇跡と言うしかないでしょう。
そんなドバイは、大きく分けて2つに分かれます。どんな風に分かれるかというと・・・。
・昔の面影が残る旧市街。
・急ピッチで開発が進み、豪華なホテルや高層ビルが立ち並ぶ開発地区。
今日は、その中の旧市街についての話です。
旧市街を代表する地区は、市内の中心に位置するバール・ドバイ地区やデイラ地区となります。
■バール・ドバイ地区
この地区には、ドバイ博物館、かってドバイの首長が住んでいたシェイク・サイード邸、伝統的なアラブ住宅を再現したヘリテージ・ハウス、スークと呼ばれる市場やイスラム教の寺院(モスク)などがあります。
そして、ドバイを東西に分けて流れている「ホール・ドバイ(通称・クリーク)」と呼ばれる大きな運河を挟んだ向い側にデイラ地区。
■デイラ地区
ここには、有名なゴールドスークがあります。

アラブ独特の衣装を身にまとったアラブ人、買い物を楽しんでいる欧米系の観光客、インド、パキスタンあたりからやってきたと思われる出稼ぎ労働者を見かけることができる旧市街地は、私のお気に入りです。
アラブ独特の香辛料の香りもほんのりと漂ってきます。

そして、夜に近付けば、近づくほど、人がますます増えてきます。
やはり、ドバイの人たちも、熱い日差しを避け、夕方の涼しい時間帯に活発に動き出します。
一体、これまでどこに潜んでいたのだろうかと不思議に思うくらい多くの労働者たちが仕事を終え、帰宅する姿を目にすることができます。
帰りのバスに多くの人が乗り込み、バスを待つ人たち。バスを待つ間、道端で時間つぶしにトランプゲームをする人たち。どこにこれだけの人たちが隠れていたのか?と思わせるほどの労働者たちの数です。
さて、デイラ地区のゴールドスークには、金のアクセサリーを求めてやってくるご婦人方や観光客でにぎわいます。
ひしめく金製品のアクセサリー類の数々は、さながら、「アラジンと魔法のランプ」に出てくる盗賊が洞窟に隠している財宝を思わせるほどの幻想的なものです。
都会の喧騒を耳にしながら、アラビアンナイトのような世界を垣間見ることができる旧市街は、多くの観光客を惹きつけます。
次回は、旧市街地の現地の人の暮らしをテーマに話をします。
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石田 和靖: ザ・スリービー代表取締役
年に十数回、香港・タイ・UAEなど各国を訪問し、香港、タイ、ドバイ、サウジアラビアの証券会社にも太いパイプを持つ。「海外投資に燃える同志が集まるSNS"ワールド・インベスターズ" 」を企画・デザインし、現在同社で運営中。
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